至素根譚 (しすこんたん/syscontan)

はじめに

 ある時、某大本山のシステム構築を任された。
どんな「理念」でシステムをつくるか「大本山で一番えらいお坊様」と大激論をさせていただいた。
「哲学」「宗教」「歴史」「檀家」「信徒」そして「システム技術」
大局的な話から詳細まで…
長い歴史を持つ「仏教」。
「物事の本質」を理解されているお坊様。
対するは最新鋭の「コンピュータ」。
作成者は「未熟」で「生意気」な若造(筆者)。
不思議な「コントラスト」である。
どのように「噛み合う」か?
 議論が伯仲している時、筆者の「一言」が「お坊様」の「逆鱗」に触れた。
筆者が重要視するのは「システム化の効果」である。
例えば、
「墓地管理費」「護持会費」の「未納」を如何にしてなくすか?
「納金は自動振替にしては如何でしょうか?」
「未納は激減し、事務処理も堅確になり、楽になります」(筆者)
「何を言うか…!」(お坊様)
いつも静かにはなされるお坊様の顔が「真っ赤」になった。
一瞬、何故怒られたか?理解できなかった。
「八島さん。納金というものは、檀家さんが本山に持参してはじめて意味があります」
「ただ、納めればいいというものではありません」
「心の問題です」
「持参された方々に、いかにありがたい気持で帰っていただけるかを考えてください」
「自動振替なんて以ての外です!」
 自分はどんな「システム」を作ろうとしていたのだろうか?
「コンピュータ処理」以外は眼中になかった。
「ユーザー」を無視した「自分勝手」なシステム。
誰の為のシステムなのだろうか?
この出来事は、筆者の心の中にずっと残って離れない。
 本文は「知識」の話ではなく、多くの方々から教わった「知恵」を自分なりの解釈でまとめたものである。
言葉が足りないところはご容赦いただきたい。

LanDEighT工房 八島 治