至素根譚 (しすこんたん/syscontan)

マニュアル

 多くの店舗・窓口でまったく同じ挨拶が耳に入ってくる。
発する言葉に抑揚がなく、気持ちがこもっているようには聞こえてこない。
自分自身の言葉ではなく「マニュアルに記載された語句」を発しているだけである。
「いらしゃませコンニチハ」
「ませ」と「コン」の間に「一呼吸」がない。
怖いくらいに「標準化」されている。
先日、カミさんが「不機嫌」な顔をしてスーパーから帰ってきた。
「どうしたの?」と尋ねると、
「お釣が1円にもかかわらず『お釣をご確認ください』だって」
「レジ担当者が考えて物を言っていない!」と嘆く。
一方、特売セールの場所では「お客様の事を第一に考えています!」と連呼している。
この二つの事象に何ら矛盾を感じない事に「異状」を感じる。
 有名な話が「ファーストフード店」の応対である。
ある日、PTA幹事のオバサンが「ハンバーグを20個」オーダーしたそうな。
すると、「お召し上がりですか?それともお持ち帰りですか?」
(「お召し上がり」であるわけないだろう!コノッ!)

 マニュアルには「入門編」と「上級編」がある。
生意気な人は「入門編」を読まずにいきなり「上級編」を読み出す。
そして「このマニュアルは不親切だ!」と己のマニュアル語学力を「棚」に上げて一人前の評論をする。
「マニュアルが読める」ことはひとつの能力である。
マニュアルは「マニュアル語」で書かれており「日本語」ではない。
日本語の規則を著しく破っている。言語学者から嫌われているらしい。
 まずは「マニュアル語」から勉強しなければならない。
「マニュアル語」を勉強する為の「マニュアル」を筆者はまだ知らない。
「マニュアル」が英語であるとさらに話がややこしくなる。
「is」「is not」「can」「can be」「can not」「may」「maybe」「may not」「must」「must not」
 記述されている内容の実行可否は直訳と異っていることは、外資系大型コンピュータを担当したことのある人であれば経験しているだろう。
マニュアルに記述された内容を一般人が理解できるように「適訳・意訳」できる能力が求められる。
しかし、現実はマニュアル通りの「記述」「発言」「行動」が一番優秀であると評価される。
 マニュアルに書いてないから出来ないのだと「大きな顔」をしている。
自分の頭で考えない若者がいつしか指導者になっていくと思うと末恐ろしい。
そこでも指導者の為のマニュアルが用意されていたりして...
なんでも・どこでも「マニュアル」「マニュアル」...
自分の「責任逃れ」「弁解」「言い訳」に見えてしまう。
「自分でやってみろ!」
未経験者が「マニュアル作成マニュアル」片手に「マニュアル」を作成する。

そして「マニュアル」なしではいられない「異状体質者」が増えていく。