至素根譚 (しすこんたん/syscontan)

根っ子ワークシステム

 企業内では「生産性向上」という言葉が毎年叫ばれている。

筆者には「念仏」のように聞こえてくる。
毎年の業務計画書の文言もさほど変りばえしない。
数年前の業務計画書を次年度の計画書だと見せても誰も「変だ」とは言わない。

「生産性」とは単位時間当たりの仕事量であり、アップさせることを「向上」と言っている。
頭の中では分かっている。

1週間かけて作成していたプログラムが1日で完成する。
これはまさしく「生産性向上」である。
手作業が自動化され、作業時間が短縮される。
これも「生産性向上」である。
「生産性向上」を行うには「市販ソフト」「ベンダーソフト」を購入するのが一番の近道である。

効果が明らかな場合には苦労しない。
(「数値による効果表現」には捏造が多い?)
ところが、表現が曖昧な時は、
「購入費用」はどこの部門が負担するのか?
人件費と相殺できる「投資」になっているのか?
.......
「ツッコミ」が「御意見番」から出される。
「御意見番」はシステムを作った事のない御仁が多い。
いよいよ、担当者と「御意見番」の非論理的議論が始まる。
「生産性向上」は「数字表現」より「向上しているハズ」という 主観的・感覚的表現が中心なのである。

「過去のプログラム」を基に新しいプログラムを作る。
マッサラから作成するより早く・簡単に完成する。
「再使用出来るプログラム」を沢山用意すれば、もっと効率が上がる。
じゃ~、皆で持ち寄って相互に利用し合えば良いではないか。

さらに効果が出るのは「間違いない」

コストは「タダ」である。
提供されたサンプルを基に副産物が作り出されることを期待しているのだが...
何故かプログラムを他人に提供する事を嫌がる。
自分のサンプルが改善されることは「ケチをつけられた」と思うのだろう。
プライドが邪魔しているようだ。
しかし、他人のプログラムは欲しくて堪らない。
そして「タダ」にもかかわらず文句を付ける。

「バグはありませんか?」
「ウィルスはありませんか?」
「トラブったら責任とってくれますか?」

部門内で使用しているルーチンを全社的にリリースしようとすると渋る。
「生産性向上」の範囲は
「全社」ではなく「部門内」が現実である。
他部門に利用させない事は「全社的生産性向上」を妨げていると分かっていながら...

「いや、著作権の問題があるから...」
「自分だけでは何とも...」

サーバーシステムが「ノウハウの分散」を加速している。

「生産性向上」というアクセルを踏みながら「プログラム提供拒否」というブレーキを踏んでいる。
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の一節を思い出す。

「下請け会社へ丸投げ」している企業では「ノウハウ」はどんどん社外に流出する。
自社のノウハウを蓄積する場合「上層部御用達プロジェクト」では「空回り」する。
プロジェクトの中心人物は「ノウハウ」が欲しい人物ではない。
「建前論」「責任論」「カッコ良さ」ばかりを気にして一歩も前に進まなくなる。
そして、プロジェクトメンバーが「嫌気」をさしてきて自然消滅となる。

筆者は何度もその現場を見ている。

非組織プロジェクト(闇プロジェクト)を立ち上げよう!

「ノウハウが欲しい人の
ノウハウが欲しい人による
ノウハウが欲しい人の為の
データベースシステム」
を作ろう。

一人がちょっとだけ「ノウハウ」を出すだけで良いのだ。
条件は一切付けない。
一切責任を課さない。

あなたのチョットしたアドバイスが人々には「阿弥陀様の教え」に聞こえます。
あなたが提供したサンプルが人々には「宝石」に見えます。

「自力本願+他力本願」によるシステム作り(ひとりで悩まない)を目指そう!
ドシロウトの上司(上層部)を絡ませると必ず失敗する。
このシステム構築は上司から評価を受ける為のものではなく自分自身の為の物である。

これを「根っ子ワークシステム」と筆者は名付けている。

静かに、深く、ゆっくりと潜行しよう!
いたって真面目な提言なのだが...