至素根譚 (しすこんたん/syscontan)

私的プロジェクトX

 ソフトウェア会社を傘下に持つ企業があった。
社内システムの全てをこのソフトウェア会社に委託していた。
ある時、システムを再構築をすることになり、アドバイザーとして筆者にオファーがあった。

 お客様は最初から最後まで筆者に委託したかったらしい。
しかし、「直系のソフトウェア会社があるのだから将来を考えるとシステム開発は彼らに委託した方が得策」と返答した。
ソフトウェア会社のトップも「お任せください」と豪語していた。

筆者のビジネスとしては「旨み」はない。

現状分析・基本設計・詳細設計と順調にスケジュールが消化されていく。
いよいよプログラム作成のフェーズに突入した。

ソフトウェア会社の本拠地は福島県いわき市。

定期的に上京し、出来上がったスペックを受け取っていった。
プログラム本数は約2000本。
ところが、予定通りにプログラムが出来て来ない。

どうなってんの?

いっこうにペースアップしない。
ソフトウェア会社のトップを呼び出して状況報告をさせてもノラリクラリ・・・

「話が違うじゃないの!」(筆者)

本番予定日の3ヶ月前、お客様のトップから呼び出された。
「本番開始日は予定通りと思っていていいのですか?」
「・・・・・・・」(筆者)
「今の時点ではお答えできません」
「この眼で確かめてからお答えします」

翌日、東京から福島県いわき市に飛んだ。
現場に乗り込んだ時、この眼を疑った。
この時期は「殺気だっている」はずなのに・・・
雑談が目立つ。
議論がない。
のんびりとした空気が部屋全体を覆っていた。

ナンジャ、これは!?

想定したスキルを持った社員は少なく、多くの社員はレベルを満たしていなかった。

いまさら、遅い!

豪語していたソフトウェア会社のトップも急に態度を変え、
「八島さん、どうしましょうか?」
この日から本番の日迄、筆者は自社(東京)に出勤していない。

全てのプログラムが本番の日迄に出来ていなくてもいいのだ。
プログラムに優先順位を付け、スケジュールを再調整した。
それでも、出来上がってくるプログラムには「バグ(誤り)」が多かった。
予定日通りに稼動させるか否かを決断する日が刻々近づいてくる。

このままじゃ「大丈夫です」とは言えない。

こうなったら、やるっきゃない。
ついに、自らプログラムを作り出した。
他人のプログラムを直すより、自ら作った方が早い。
現場の社員はお昼の12時になると「ピタッ」と仕事を止める。
その為、端末が独占できた。
皆が自席で休息をとっている時に、片方では10台近くの端末を黙々と操作している。
異様な光景である。
当然、昼食は取らない。
この光景が何日も続いた。

ある日、堪りかねた女子社員が頼んでもいない出前を持ってきて言った。

「召し上がってください」
「お願いですから休んでください」

翌日、現場のトップを別室に呼び出して食って掛かった。
「部外者がこんなに頑張っているのに、当事者達は何をやっているのですか」

彼らが経験したシステム規模はせいぜい50本程度のプログラムであり、千単位の規模は初体験であった。

小規模システムの延長上に大規模システムは存在しない。
「量」が「質」を変える。

やり方・進め方は全く違う。
ひとつのプログラムミスがシステム全体の進捗を妨げる。

長期滞在になった。
現場の近くにある旅館に宿泊した。
ある時、旅館の女将さんから現場に電話が入った。

「八島さんの寝床がここ数日使われた形跡がないんですけど・・・」(女将)
「出社されていますでしょうか?」
「ハイ、いますが・・・」(現場社員)

そりゃ~そうだ。帰っていないのだ。
本番開始日に必要なプログラムのメドがついた時、お客様のリーダーに言った。

「『大丈夫です』とトップに報告してください」(筆者)

すると、お客様から「テープカット」の相談があった。
承知するとともに「セレモニー用プログラム」に着手した。
「とどめの作業」と「セレモニーの準備」に追いまくられていた。
アドバイザーの立場から大きく離れ、プロジェクトリ-ダーそのものになっていた。

その時、一度も現場を訪れようとしなかった上司から電話が入った。
「明日、そちらに行くから車の手配をしてくれ」(上司)

余りの態度に声を荒げて言ってしまった。
「それどころじゃないです。勝手に来てください」(筆者)

「血の小便」が出たのは、この数日後である。

遠い昔の話である。