至素根譚 (しすこんたん/syscontan)

訊観考行果

 昨今、システム構築の方法論に関する本がたくさん出版されている。
新しい「物の考え方」として受け留めている読者も多い。
しかし、その基本的な考え方は、すでに「古典」に記されている。
その一例が、
「百聞は一見に如かず」

人の話を百回聞くより、自分の目でその物を直接見て確かめた方が正確に分かる。
極々普通のことわざであり誰もが知っている。

出典は「漢書 趙充国」
反乱を起こしたチベット系の遊牧民族を鎮圧するために、漢の宣帝が趙充国に戦略と兵力を尋ねた時、
充国は「遠く離れた場所では、戦略は立てにくいので、現地に行って実際に見て地図を作り、それから策略を申し上げたい」
と答えた。
このことわざに、その後さらに言葉を付け加えられ、現在に至っているらしい。

  • 「百見は一考に如かず」(どんなに見ても、考えなければ話にならない)
  • 「百考は一行に如かず」(どんなにに考えていても、実行しなければ話にならない)
  • 「百行は一果に如かず」(どれだけ実行しても、結果を出さなければ話にならない)

一般的には、「・・・より・・・が大切である」と解説しているが、筆者は異なった受け留め方をしている。

問題を解決するには「聞いて、見て、考えて、実行し、そして結果を出せ!」

 現状分析から始まってシステム本番(カットオーバー)、その後、システムに修正を加えて、システム化の効果を最大限に上げる。
これが一通りできなければ、筆者はシステムエンジニアと認めない。資格をたくさん持っていても・・・
特殊な領域だけに終始して、話す事はマニアック。
専門外でも、関心を持ち、自分の領域とどのように関わっているのかを常に考えていなければならない。
物事が常に「理屈通り」に進めば、苦労しない。
口は出すが汗を流さない。そんな人々の話には説得力がない。現場の人々が話し出すと途端にその場から消える。

 一方、現場しか知らないSEはユーザーの意見も聞かず、過去の経験だけでシステムを作成する。
自分が経験して来たことが世の中のすべてだと思いこんでいる(今度も前回と同じだ)

 筆者はいくつもの業界のシステムを手がけてきたが、その都度、その業界の「常識」は異なっていた。
「思い込み」はもっとも注意しなければならない。
まさしく、システム構築の基本中の基本である。

 自席から離れず、人が書いた書面に「ケチ」をつけ、「状況確認は常に部下からの報告のみ」、
管理こそがリーダーの最大の仕事と勘違い、方向性も示さず、只々「何事もないように・・・」。
さらに何かトラブルが起これば、「自分の責任ではない」と主張する。会社人生後半の多くの時間を割いて・・・

自分自身で作り上げた持論があり、今時(いまどき)のシステム論を主張できる。

一個人として、肩書なしで勝負ができて初めて「なんぼ」なのだ。
個人名でどれだけ評価されるか?これこそ本当の実力だと考えている。

肩書が取れて、自分の実力を思い知らされる。誰も自分の言うことを聞かなくなり、寄ってこなくなる。
自分一人では何もできない。そんな人々を何人も見ている。

日々研鑽を積まなければ「化石」になる。

「聞(訊)いて、見(観)て、考えて、実行し、そして結果を出せ!」(訊観考行果)