至素根譚 (しすこんたん/syscontan)

忘れる

 歳を重ねるにつれ「昔は良かった」と言う回数が多くなる。
本当に昔が良かったのか?
戦後まもない時期が今よりもいいはずがない。

 人には「忘れる」という能力がある。
「ボケ」からくる「忘れる」とは別物である。
「意図的に忘れる」本能的な能力である。
「いやな事」をずっと憶えていたら大変である。
「過去の全ての出来事」を憶えていたら、気が滅入って生きていけない。

うちのカミさんが言う。
「陣痛を今でも憶えていたら二度と出産できないワ」

人は「いやな事」「辛かった事」「自分に都合の悪い事」を忘れる。
 したがって、残っている「記憶」は「良い記憶」が多くなる。
故に「昔は良かった」となる。
「楽に生きる」能力のひとつだ。
さらに「からだの機能」が人を「楽」にさせている。

 これは「フィルター」と考えればいい。
人は見たくないと思うと、そこに「物」があるにもかかわらず見えなくなる。
人は聞きたくないと思うと、他人が言っている事が聞えなくなる。
これも、本能的な能力である。
物事に集中している時、側から声を掛けてもすぐに返事が来ない。
数回叫んで、やっとこちらを向いてくれる。

「あ~、何?」

 これが、中高年になると一味変わる。
応えたくない時、返事をしないのだ。
「耳が遠くなったのかな~」相手は聞えていないんだと諦める。
聞えているのに「聞えない素振り」をする。

これは、本能的な能力ではなく経験から身に付けた「自分を楽にさせる」裏技に他ならない。
「おとぼけ」「生返事」も同類である。

 誰でも「裏技」を多用する時が必ずやってくる。(もう?すでに来ている?...)